11 ◎◎◎ 朗読会 / public reading

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7月17日に無事にワークショップ、アッシュコーヒーと朗読会が終了しました。ご来場くださいました皆さま、本当に素晴らしい時間をありがとうございます。

対話することによって見えてくる考え、気付かなかった自分の気持ち、周りの人々の価値観など。。勉強になることばかり、そして驚きの連続でした。

朗読会の中でもお話しましたがこのお話をイギリスで書いている時、手は動かして作業しているけど、その行為にどうしても「静」のイメージがまとわりついていました。だからこのワークショップではもう少し「動」のイメージを、自分だけではなく人々を巻き込んで動きをつけていきたいと思っていました。

東日本大震災から早くも5年が過ぎ、その出来事はどんどん風化していってそう遠くない未来には教科書で読むだけの記録になってしまうのかもしれません。過去に生きるのでもなく未来に生きるのでもなく「今」に行きながらあの経験から得たものを考え続けていけたらと思います。

つい先日、知人と「遠い場所で起こっている出来事」という事についてお話をしました。例えばそれは紛争だったり、災害だったり色々あると思います。現場から遠くにいる人々はその遠い国のお話を日々の中で忘れ去ってしまう事もあります。でも何かしらの形で(本だったりテレビだったりアート作品だったり)伝えようとする人達がいるのです。だから思い出す事ができる。

私もそうでありたいと思いかえした対話でした。

改めまして展覧会にお誘いくださった主催者の坂本さん、ご協力くださいました関係者の皆さま、ご来場頂いた皆さま、そしていつも遠くからサポートしてくれている家族にもいっぱいの「ありがとう」を伝えたいです。

 

遅くなりましたがひとまず無事終了したとのお知らせとお礼まで。。ありがとうございます!

 

I have done ash coffee and public reading at 17th July. Thank  you very much for everyone who came to that and giving a special time.

It was really a great experience for me. Sharing an experience and opinion with everyone that gave me some realisations that I didn’t know.

I wanted to activate its reading session which involving people.

Memories of earth quake and tsunami is getting older, we may see the history on a text book near future. I would have an importance on “the moment I am here” to tell the incident.

Few days ago, I talked with my friends about that “a happening in another place” which we tend to forget in everyday life. Even we sometimes forget the happening, there would be “messengers” who are informing the happening to us through books, broad casting, artworks.., that’s why we can remember about that.

The conversation reminds of me that I would like to be a person in some way.

Special thanks for Natsumi Sakamoto, artists of everyday fiction, staffs of akibatamabi, and my family :)))

 

 

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10○●○ それぞれの向きあい方 / in tohoku

10807810_10204879281729113_1558698153_nこれまでロンドンで滞在しながらアッシュコーヒーのお話を制作してきたお話をしてきましたが、大学を卒業して帰国した2012年以降の事を振り返ってみました。

帰国後私は故郷の近くの地方都市、仙台に住み始めました。13時間という時差をこえてようやく日本に辿りついた時はやはり足を踏み入れるのが怖かった事を今でも思い出します。東北での生活にはすんなりと溶け込んでいきましたが、変わってしまった風景、亡くなってしまった人達、失ってしまった物が確かにありました。それでも復興商店街が出来ており、人々の生活が確かにそこにありました。

私はこのアッシュコーヒーのお話を、もし日本にいたら書けなかったと思います。何かしら書けていたとしても別なものになっていたんじゃないかと思います。

東北には「復興」の文字がまだまだ色んな場所に掲げてあります。図書館にも震災コーナーが出来ていたり、震災の記録をする活動が様々な場所で行われていたり、生き方を変えた人もいます。皆が眼の前で起こった事に対してそれぞれの向きあい方をしているんだと思います。

I went back to japan in 2012.

I started living in sendai where is a little city in tohoku and near my hometown. I can really remember the moment I stepped into tohoku area, I was feeling “I don’t want to see a different landscape”, however, there were surely people in their everyday life.

I think I couldn’t write ash coffee story if I was in japan in 3.11.

In tohoku, there are still an indication that is “restoration ” in lots of place where are in the street, shop, library..etc. they are having their effort to record 3.11, and restore their hometown. some people changed how to live, so everyone is conflicting with themselves.

 

 

 

9▸▸▸お話は続く / talking endlessly

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アッシュコーヒーのお話の最後に、人々がひとつの事について議論しあう場面が出てきます。それは私の学生生活をダイレクトに切り取った場面でもありました。

私の学校は作品について議論しあうという事に重きをおいていました。なのではいでは私の作品についてディスカッション、あなたの作品についてディスカッション、んじゃこの作品についてディスカッションと「考える・話す、考える・話す」の連続でした。何かについて色んな視点からそれぞれの意見を話し合うというのは嫌いではないのですが、何にせよ英語でそれを行うのが苦痛で苦痛で仕方のない事が(よく)ありました(汗)なんとなくこういう事を言っているのかな?とわかる時もあれば、何を言っているか判らない為返答に困るという事もあったり。何より自分の考えている事が上手く伝えられない事がもどかしくて仕方がない時もありました。でもその分少しでも理解できた時や伝えたい事が伝わった時の嬉しさは半端じゃありません。

それは学校の外でもよく起こり、たまに「あーあ」と落ち込む事もあるんですね。そんな時にたまたま一緒にいたイギリス人の子に「話すのが憂鬱だよー」とぼやいてた時に「じゃあ私達はなんで口を持ってるの?」といわれて「私は甘ちゃんですわな~」と思った事があります。

人間同士の間に完璧な理解はないと思うけど、わかろうとする事、伝えようとする事は忘れないようにしようと思った出来事でした。

 

you can see people in the ash coffee story who talks about a cup of coffee, that is reflecting my university life actually.

the school where I went has an important on discussing. so we had to think and discuss about artwork, then, think, discuss..(endless). personally, I like to think and talk about one subject from different perspective, however, sometimes it was very very hard to me using english for that, that was like climbing a big mountain.

I felt so bad when I couldn’t say to them what I think properly though, felt sooooooooo happy when I could understand what they said and gave a understanding to them.

One day, I said “I don’t want to talk” negatively when I was with my friend. I might have thought bad thing about my english(I don’t remember properly). my friend said me “why do we have a mouth?” big thanks to my wonderful friend. yes, you are right ;)))))))

keep talking and thinking, even there would not be perfect understanding.

 

 

 

 

 

 

8∞∞∞ ひかるところ / light place

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大きく圧倒的な自然を眼の前にした時に思わず立ちすくんでしまう事があります。でも身体が感じている事、逆らえない事、全身全霊でしっかりと受け止める事、そして流れに身を任せると、点と点が結びついて線が出来上がっていくように思います。

エジンバラで友人と乗ったにネス湖行きのバスは悪天候のため途中下車し、急きょ次の日にグラスゴー行きの計画をたてるも強風のためバスは全面停止に。。嗚呼。。

しかしそれにも屈しない友人の心強い存在に支えられ結局近所のカフェで朝ごはんを食べたという思い出があります。強風で雲が吹き飛ばされた真っ青な空にいる太陽が素晴らしい光を送ってくれました。

自然災害だけではなくて、自分の身の回りで起こっている事、もしくは自分の身体の異変、数え上げるときりがありませんが自然の流れに身を任せそれらを受け入れた時に何かが浮かび上がってくる。ごまかしがきかない大きなうねりの中にしっかりと立つことができるのではないかと思います。

 

Sometimes I am overwhelmed when I come across something like uncontrolable nature which are like nature disaster, wild nature of human being, etc.. However, it is strange that everything would be going well that when have an acceptance to those.

I have an experience that some plan I and my friends made that had been canceled cause of very bad weather. We planned going to loch ness and Glasgow though..we gave up! In the end, we had a breakfast in a cafe and saw beautiful sunshine from the truly blue sky that was like a small gift for us.

I think that if I listen voice of my nature, I can ground in anywhere by myself properly.

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7♢♢♢ アイリッシュ・コーヒー小話

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アッシュコーヒーを書いていた当時の小話を色々と書いてきましたが、ここでアッシュコーヒーのモデルともなったアイリッシュ・コーヒーについて少しお話します。。

アイリッシュコーヒーは大昔に飲んだ事があるくらいで普段から飲む飲みものではありませんでした。ただ、このコーヒーが考案されたきっかけを読んでとても近しいものを感じたので、物語のエッセンスとして取り込んでいった記憶があります。

当時のプロペラ飛行艇は後年の旅客機と違って気密構造ではなく、暖房はあまりよく効かなかった。加えて飛行艇が水上で給油する間、乗客は安全のためボートで移動して陸上待機せねばならなかったが、港の天候が悪ければ、飛行艇からパブのあるレストハウスにたどり着くまで更に凍える羽目になった。

そこで燃料補給の待ち時間を利用して、乗客に体を温めて貰おう、という心遣いから、アイルランド名物のアイリッシュ・ウイスキーをベースとしたこの飲み物が考案されたという。(wikipediaより)

 

もしこの飛行艇の給油ポイントが寒い場所ではなく暑い場所だったらもっと違う飲み物が考案されていたのかもしれません。現代では色んな国の飲みものが飲めてなにがきっかけだったかなど考える事もあまりないかもしれませんがこうした歴史を紐解いていくととても面白いなあと思いました。

ちなみに仙台にあるカフェギャルソンさんのアイリッシュコーヒーはとてもおいしいのでおすすめです:)12月は定禅寺通のページェントが見えてとてもきれいですし、食べものもおいしく店内の雰囲気も良いのでおすすめの場所ですよ。

 

6☂☂☂ 人災・天災

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震災が起きてから少しした後に不思議な事が起こりました。

津波で家をなくしてしまい避難していた家族。

私はその時ロンドンに住んでいたのですが、とある人間関係のもつれが大きな事態になり、引っ越さなければならなくなりました。

この時私は2人のギリシャ人と住んでいて、彼らとは色々とありつつも楽しく生活していました。ところが、私達3人は何故か大家さんとはあまりうまくいかず。。少しの言葉のもつれや誤解からどうしても大家さんを信用する事ができなくなってしまったのです。私達4人は言葉も国籍も育ってきた環境・文化も違います。大家さんが言い放った言葉はもしかしたら彼にとって取るに足らない言葉だったかもしれません。でも溝はどんどんどんどん大きくなって行きました。

結局、私達は別々の場所に引っ越すことを決断しました。彼らを家族のように思っていた私はなんだかとても寂しい思いをした記憶があります。

この時私達は「感情」というものをもっとコントロールできればこの様な事にはならなかったのかもしれません。でもそうはいかないのが人間で仕方のないことだったのだと今では思えます。

家族は自然災害で家を失い、私は人間関係のもつれで家をでて、と、形は違えど同じ時期に「家」という場所を去らなければなりませんでした。「人災」という響きは個人的にあまり好きじゃないのですが前の投稿「変わった友達」でも記述したとおり、人間を自然の一部と考えるなら「人災」も「天災」と捉えるのかも。。と考えていました。

5○○○ 変わった友達

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私には変わった友達がいます。卒業後連絡は1・2回位しか取っていません。

でも元気だろうなとぼんやり考えることがあります。

彼女とは少しの期間、一緒に小さなプロジェクトを行った事がありましたが、皆が思いつかない様な発想をするし、何より人を惹きつけるところがありました。

しかしそんな彼女は変わったところ(ほめてます)も持ち合わせており、たまに「なぬ!??」となってしまう事もありました。

まず何か用件があっても彼女からは用件は言ってこず「電話くれ」とか「メールくれ」としか言ってこない(これには後に慣れたけど)、何か話していても突然違う話になってしまい全く違う結末に辿りついている、自分の身の周りのありとあらゆるものに反応する(川の近くに行ったら突然ガニ股で石で水切り始めたりね、もっと腰低く!と指導されました)

「天気みたいな人だよなあ。。」と今になって思いました。でも不思議と彼女は人の気分を害するという事はなく、本当にただただそのまま、自然を生きているのだと思います。

私はそういう人に会うと、とてもホッとします。もちろん前述したとおり「なぬ!??」となってしまう事もありますが、とても人間らしいから落ち着くんだと思います。

 

私は震災後「人と自然の共存」といった事を考えていましたが、ここ近年、その言葉の響きに違和感を感じるようになりました。”共存”という言葉を使ってしまうと人間が自然と切り離されているように響いてしまうのです。あくまでも私個人の見解なんですけども。ただ、「人間も自然の一部」というわかっているようで実は心からわかっていなかったのかな、と思ったのです。

 

私が彼女の事をこんな風に考えているとは本人に直接言った事はないけど(英語力の面で伝えられるか不明)、要はこれからも宜しくと伝えたい。くどいようだけど、ほめてます。